「お母さんの下駄」

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5月7日(金)雨

梅雨入り宣言があった途端に雨が降り出した。

最近の天気予報って、良く当たるねぇ〜。

シトシト降る雨で鬱陶しかったけど、ラジオを聞きながら

先日、お隣のおばちゃんからいただいた大きなパパイヤで佃煮を作った。

・・・と、ラジオから、先日「中村ブンさんの(お母さんの下駄)という歌の途中で

放送が終わってしまって最後まで聞けなかったのが、とても残念だった」という

視聴者からのメールや手紙が届いています」というアナウンサーの声が聞こえ

「今日は最後までおかけします」と言って曲がかかった。

じぃっと、聴いていると「正に昭和」という歌詞の内容だった。

初めて聴く曲だったけど、感動したので、歌詞を添付したい。

『かあさんの下駄』 作詞・作曲 中村ブン

世界中で一番きらいなものは かあさんの怒った顔
世界中で一番うれしいのは かあさんの笑った顔
世界中で一番つらいのは かあさんの泣いた顔

隣のおばさんと出かける時も 父兄会で学校へ行く時も
かあさんはいつもすりへった男ものの下駄をはいて行った
「これしかないんだから仕方ない」って
大きな声で笑ってたけど
ぼくにはどうしてもかあさんのように
笑うことができなかった

新聞紙に包んだ新しい下駄を 両手にかかえて息をきらして
「ただいま」ってえばって戸を開けたら かあさんは今日も内職してた
「かあさんこれ・・・」って包みを渡したら
「何だい」って少し頭をかしげた
「いいから早く開けてみてよ ぼくのプレゼントだよ」

包みを開けるとかあさんは こわい顔してぼくに言った
「お前これどうしたの この下駄どこからもって来たの
いくら貧乏してても人様の物に
手をかけるような子に育てたおぼえはないよ
情けない・・・」って ふるえながら 下駄とぼくをにらんでた

「違うよかあさんぼく買ったんだよ」
「嘘をつきなさい お前に どうしてそんなお金があるの
小遣いだってあげたことないのに」
「弁当代ってもらう中から毎日五円づつためてたんだよ
タコ糸に通してずっと前から ためてたんだよ」

「赤い鼻緒の下駄を買いたくて かあさんをびっくりさせたくて
内緒にしていただけなんだ 悪いことなんかぼくしてないよ」
下駄を包んだ新聞紙の上に 大きなしずくがボトボト落ちた
「悪かったね」って言って子供のぼくに 何度も何度も頭を下げた
「すまなかったね」って も一度言ってあとは言葉にならなかった

ぼくが初めて 生まれて初めてかあさんの涙を見たのは
それは小学六年生の冬

お母さんに新しい下駄をプレゼントするために弁当代としてもらう

幾ばくかのお金の中から、毎日5円ずつを凧糸に通して貯めて・・・・・

小学6年生の男の子・・・・お母さんが大好きだったんだね。

この歌の歌詞から、この母子の毎日の暮らしぶりさえ見えるような気がする。

最近きらびやかな歌が多いけど、「トイレの神様」とか、この「お母さんの下駄」とかいう

素朴だけど家族の情愛が感じられる歌って、ばばは好きだなぁ〜。

下駄を履く・・ってことは最近の生活では滅多にないけれど

ばばが小さい頃は、お正月になると新しい下駄と、鞠を買ってもらうのが一番嬉しかった。

年に一回の贅沢。

下駄は毎日履き続けて鼻緒が切れると、父がすげ替えてくれて、

次の年のお正月に新しい下駄を買ってもらうまで履き続けた。

今でも、思い出すと切なくなる。

昭和30〜40年代の生活。

ばばの周囲、みんな贅沢ではなかったけどお金では買えない

人々の情愛に満ち溢れていた。

「古き良き時代だったなぁ〜〜〜」と、懐古するってことは

ばばが年取ったということかなぁ〜〜〜。

そう言えば・・・・

うちの下駄箱には、じじの下駄が一足入っているんじゃなかったかな?

結婚したての頃のお正月に、じじは着物を着て、下駄を履いていたなあ。

でも、もう何十年も履かないまま、じじの下駄は下駄箱の番をしているよ。

ふだんの生活の中で思い出すことさえなくなった下駄。

時代と共に生活様式もどんどん変わっていくんだよね。

新しい方へ安易に流されるのではなく、

古くても良い物は残していかなくてはいけないね。

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