それぞれ
2月12日(月)晴れ
朝から陽光燦々の徳之島。
我が家のムラサキシキブ、実の数は少ないけれど、きれいに色付きました。
昨日の続き、今朝も朝食の後、除草剤撒きに行って来た。
今日は、お墓周辺と車庫跡。
如雨露16杯分撒いた昨日に比べ、今朝は6杯で終わった。
以前、車庫があった場所は、県道のすぐ上側で、お墓は反対方向にある。
お墓の水道からジョウロ2個に水を汲んで、車庫跡まで運ぶには県道を横切らなければならず
行き来する車を確認しながらの作業。
水道で水を入れてから県道へ出るまでの段差が大きくて、息フウフウ~
でも、あっという間に終わって帰宅すると、じじが「ありがとう~ご苦労さん」って。
じつは、ばば、昨日からじじに文句ブウ、ブウ。
庭木の伐採剪定とか、除草剤撒きって、じじがしてくれても良いんじゃない?と思うから。
我が家は、何故か、ばばはひとりで動き回っているような気がするから。
義父は公務員だったから、じじは子どもの頃から両親の手伝いって、ほぼしたことが無いらしい。
逆に、ばばは両親は農業をしていたから、朝から晩まで働きづめで
ばばも入学前から手伝いをしていた。
田植え、稲刈り、脱穀、芋の植え付け・収穫、芋掘り、牛用の草刈り、麦踏み、麦の刈り取り
他、農作物の収穫、薪運び、ソテツの実の収穫から製粉等々・・・豚も飼っていたから、その世話も・・・
あっ!蚕も飼っていたから、餌の桑の葉集め、当時の農家の作業はいくらでもあり
そのうち、子どもが出来る事は、ほぼ全部手伝っていた。
今思えば、凄いと思うし、あらためて両親に対する尊敬の念も強くなり
感謝の気持ちも大きくなる。
なるべくサボりたくて、色々ズルをしていた、ばば。
子どもの頃は農業がイヤでイヤでたまらなかったけれど
いざ、大人になってからは、両親が農業をしていたおかげで学び、身につけたことが多いと感謝する。
時代も変わって、ばばが子どもの頃と比べ、農業も機械化が進み
作る作物も違い、生活様式も大きく変わった。
でも、親や親戚、ご近所さんと一緒に色々な農業や生活体験をしたこと、
今では、かけがえのないばばの宝物になっている。
現在の我が家、じじは、じじで、のんびりのんびり、ばばは終日セカセカチャカチャカ・・・・
まぁ、これはこれで良いかな?と最近、思うようになったばばです。