だからこそ・・・

10月5日(火)曇り時々雨

朝夕はめっきり涼しくなりましたね。

それでも足下で扇風機を回しながら寝ているばばです。

朝起きた時は、天気も良くて「洗濯日和だ~」と張り切って洗濯機を回し

食事が終わると、すぐ、庭へ出て洗濯物を干したのは良いけれど・・・・

干し終えた途端に、ポツリポツリ小雨が。

急いで軒下に竿を移動したけど、雨が横殴りに・・・

そこで、今度は竿を部屋の中に移動して・・・結局は部屋干しになってしまった。

時々、キラキラお日様の光も見えるけど、暫く経つと又、ポツリポツリ。

換気のため、窓を全部開け放っているので、風も通って気持ち良い。

でもね・・・風があるので、海は想像以上に波が高くて

※画像は数日前に撮った港近くの海の様子です。

鹿児島と離島間を結び沖縄へ向かう、定期船は、ここ数日「裏航路」へ入出港しているって。

裏航路っていう言葉は、ちょっとね。

裏航路、裏航路って昔から言っているけど・・・・

普通、天気の良い日の定期船は、ばばの住む近くの「亀徳新港」へ入港する。

波が高かったり、風が強い日の風向きによっては、

反対側の「平土野港」に入港する。

判断基準が、はっきり分からないから、天気の悪い日に船に乗る時は

早めに船の会社に電話をして「何時頃、何処の港に入港するのか」確かめた方が良い。

ギリギリになって、船会社に電話して、慌てて反対側の港に走るなんて、嫌だものね。

話題は変わって、ばばは社会人になってすぐは、車の運転免許を持っていなかった。

実家から、バス通勤と言うことも考えたが、1時間か数時間おきにバスが走ってはいたが

ばばの家は集落の一番東側で、バス停のある県道は、集落の一番西側。

集落を横断して、バス停へ行かなければならなかった。

帰りは急な坂道を上がる。

昼間は良いけれど、打ち上げ会とかで夜になって帰宅する時は

誰か同僚が集落の途中まで送ってくれていた。

そこで、ばばは職場から、徒歩数分のお宅に下宿をすることになった。

そのお宅には、80歳を超えたおばあちゃんがひとりで住んでおられ

その、おばあちゃんの家の、4畳半ほどの一部屋を借りて住むことになった。

そして、今でも忘れられないのが、80歳を超えた、ばあちゃんが

社会人になったばかりの、ばばのために朝夕、食事を準備して下さった。

今思えば、本当に申し訳なかったと思う。

ご高齢のおばあちゃんに食事を作ってもらうなんて・・・・

土曜日の昼は実家に帰り、その晩は泊まって、

日曜日昼過ぎのバスで、ばあちゃん宅に戻っていた。

そして、日曜日夕方になると、おばあちゃんと、ばばは手をつないで

いつも家の近くを散歩した。

すぐ近くの海へ行ったり、おばあちゃんのお友達の家へ行ったり。

約1年過ぎた頃、ばばは周囲からの勧めもあり、

車の免許を取ることにした。

免許を取得すると、すぐ自分の車を買い、車通勤になった。

だから、ばあちゃんと過ごしたのは1年ちょっと位だったと思う。

車通勤になっても、仕事を終え、帰る前には、ばあちゃんの家によって

お喋りをしたり、お茶を頂いたりしていた。

それから1年位経った頃、ばばはじじと結婚し、加計呂麻へ行くことになった。

その2年後だったかな?ばあちゃんの長寿祝いがあって

わざわざ、ばばにも連絡があって、たまたま夏休み期間中だったので

喜んで参加させていただき、久しぶりにばあちゃんとの再会も果たせた。

でもね・・・・人間のご縁なんて、本当に不思議なもので

ばばが加計呂麻勤務を終え、島へ戻った時の職場へ

たまたま、おばあちゃんの息子さんも転勤してこられた。

ばばが昨日のブログで、先輩の同僚達・・・・と書いたうちの、お一人だったのだ。

その先輩とは、ばあちゃんのこともよく話題にしていた。

それから約10数年経った時、先輩もばばも転勤で職場は別だったけど

何と!先輩のお孫さん、ばあちゃんにとっては曾孫さんを

ばばが担任する事になったのだ。

何というご縁なんでしょう?

人間の縁・・・・どこで、どう繋がるか分からないものですね。

だからこそ、大切にしていかないと・・・・・・

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