「アサイヌ カイ」その2,他

1月13日(金)晴れ
1年に「13日の金曜日」が何回あるか分からないが
何故か気になってしまう、「13日の金曜日」。
たまたま、父が亡くなったのが平成4年「3月13日の金曜日」だった。
その日の事は何回かブログにも書いているが
朝から「13日の金曜日」ということが何故か気になっていた。
その日は、お別れ遠足で、行き先は近くの海岸だった。
行事係だったばばは、朝の全校朝会で「13日の金曜日」と言う事を
何故か口にし「怪我をしたり事故などに遭わないように気をつけて
楽しい遠足にしましょうね」と締めくくり、出発した。
ちょうど、昼ご飯の時間で、みんなでお弁当を広げた時に
事務の先生が車で駆けつけ、ばばに
「お父さんが具合が悪いそうです。すぐに帰って下さい」と連絡してくれ
・・・・その後の、怒濤の数日間だった。
この世界に、何億という人々が暮らし、
父と同じ日に亡くなった方も数多く居るだろう。
しかし、この同じ日に嬉しい事があった人も沢山居るだろうから
たまたま、ばばにとって悲しい日になったとも言えるとは分かっているのだが
やはり、カレンダーで「13日・金曜日」と分かると、何故か胸騒ぎがしたり
緊張したりする。
今日が「13日の金曜日」ということで、昨日あたりから
「どうぞ、何事も起こりませんように・・・」と念じているばばだ。

昨日、数十年前に買ったピンクのセーターを着たら、じじがニヤニヤする、
その理由は何だろう?と聞いてみたら
「しょっちゅう、そのセーターを着ていたから、又か・・・と思って」ってさ。
そして「僕と知り合った頃、既にあのセーター着てたよね」と言うので
???????な、ばば。
いえいえ、何を言っていますか、じじ。
あのセーターは、結婚して10年後くらいに買った物ですよ。
それに、そんなに繰り返して着ていたとも時分では思っていなかったんだけど・・・
さらに「もう、今は、さすが、あのセーター似合わないよね。
ピンクで胸元にバラの花が描かれているし」ってさ。
ピンクと言ったって、落ち着いたピンク色だし、バラの模様だって
けばけばしくもない色だし、ばばはずっと着続けますよ〜〜だ。
とは言うものの、一夏に数回着ているだろうか?
今年の夏こそは・・・・・・・

昨日は、もう一つおもしろい事が。
実は・・・じじが「お粥が食べたい」と言うので、お粥を炊いた事を書いた。
しかし、ばばの想定外の事が。
三女が「私もお粥食べて良い?」と言うので
「お父さんの分しかないから」と答え
次の日の朝次女が「私もお粥が食べたいな」と言うので
「お父さんの分しかないから」と、同じように答えた。
まさか、娘達がお粥好きだったとは!
そこで、夕べは父子3人分、お粥を炊いた。
勿論、圧力鍋でね。
炊いている傍で、じじは次女に「アサイヌ カイ」の話をしている。
我が家のお粥は、ばば母から受け継いだ「おばあちゃんの味であり
いかに愛情がこもっているか」等と。
じじの家では、お粥を炊く時も、かき混ぜたりはほとんどしなかったそうだが
ばばの母は「かき混ぜるほど美味しくなる」とと言うので
ばばは子供の頃、ははあお粥を炊いた時は「かき混ぜ係」だった。
小学校の上がるか上がらないかの頃から、ず〜〜〜っとね。
お玉で、かき混ぜ続けるのは、本当はきつかった。
だから歌を歌ったり、「1,2,3・・・・」と
数字を数えたりしながらかき混ぜていた。

次女が聞いた。
「お母さん、何回くらいかき混ぜるの?」て。
ちょうど、炊き上がったお粥をかき混ぜていたばばは「300回くらい」と答えると
娘はビックリしていた。


炊き上がったお粥を味見した娘「甘くて、美味しい!」って。
続いて帰ってきた三女とも、じじは「お粥はお母さんの味」談義。
三女も食べてみて、やはり「甘くて美味しい!」と次女と同じ感想。
食べながら、三女が「お母さん、私小さい時、お母さんがお粥炊いたら
かき混ぜる係だったよね」と。。。。。。
へぇ〜〜、そうだったの?
自分が母から教わってやっていた事を、娘にも教えて、させていたんだ・・・

今朝は即席「餅米ご飯」を作ったら、娘達二人とも
「お粥」と「餅米ご飯」の両方とも「美味しい!美味しい!」
って食べて、元気に出かけた。
そんなに喜んでくれるなら、お粥はまだあるから
夜は「餅米ご飯」を炊いて待っていようかな?

今回、ばばは圧力鍋での「お粥の炊き方・普通のご飯の炊き方・
即席赤飯の炊き方」等をメモして、娘達に渡して行こうと思っている。

それにしても、「お粥」でこんなにも喜んでもらえるなんて
予想もしなかったから、ばば、ビックリ!だよ〜。

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ばば
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