9月27日(土)晴れ
去る連休の頃、歯がズッキンズッキン痛み出した。
夕食の準備まではしたものの、食事をする気にもなれない。
座って居るだけでもきついので
「じじ、ごめん。何も食べたくない。寝るね〜」と
2階へ上がった。
一緒に食事をしないなんて、ほとんど無いじじとばば。
じじひとりで晩酌をし、食事をさせるなんて申し訳ないけど
不機嫌な顔で、じじの前に座って居る方がよっぽど悪いと思って。
横になっても歯は痛かったが、いつの間にか寝入っていた。
夜の7時過ぎから、翌朝の7時前まで
12時間近く寝た。
寝たのが良かったのか、翌日は痛みは少し和らいだが
まだ食事をする気にはなれない。
急な母の入院とか、ちょっと精神的なものもあって
歯も痛み出したのかな?と思ったけど、
連休明けにはすぐ歯医者さんに行かなきゃと思った。
3日目、ジュースを飲んだり、ゼリーは食べられるようになった。
ご飯にはお茶をかけて流し込んだ。

連休明けすぐに歯医者さんへ電話したら
その日で診察していただけるという事。
ありがたかった。
指定された時間に行くと、レントゲンを撮って下さり
先生が丁寧に説明もして下さった。
下の歯が虫歯になっていて治療しましょうねと言われた。
ばばは、歯医者に行くまでは嫌だけど
思い切って行くと、「徹底的に治療していただこう」と思えるようになる。
先生も優しいし、丁寧に治療して下さるので
安心してお任せしようと決めた。
治療には、もしかしたら1ヶ月以上かかるかも知れないけれど
根気強く通い続けよう・・・・

ばばは、結婚するまで歯は丈夫だった。
20才を過ぎて親知らずが痛み出し歯医者に行った。
抜歯後血が止まらなくなって、困ったことがあった。
又、歯の治療後、血が止まらなくなり、
先生が我が家まで様子を見に来て下さったこともあった。
鹿児島の大きな病院に紹介状を書いて下さり
事なきを得たこともあった。
じじと結婚してから・・・・
加計呂麻勤務当時、抜歯後に細菌感染し
「破傷風」になり、普通の数百倍という血清を打たれた(らしい)。
注射後、ばばは数日意識不明になり
光の入らない、暗い部屋に入れられたそうだ。
目が覚めた時、目の前にじじと、ばば父と姉がいた。
血清投与した晩が「山場」だと言われたそうだ。

当時、ばばを診察した先生は「破傷風」という診断をして下さらず
高熱が続き首が回せなくなったばばを見て
当時のばばの職場の上司は「敗血症かも知れない。
今日、町の巡回診療船が来るから診察受けてきなさい」と勧めて下さり
集落の沖合に止まった小さな巡回診療船で診察してもらったが
そこでも破傷風とは診断されず、症状が改善されないまま
海を渡って、古仁屋の病院へ再入院。
たまたまその日は、院長先生が出張から戻って来られていて
ばばを診察したり、症状を聞いたりして「破傷風」と診断してくれた。
発症して、大分時間も過ぎていたので危機的な症状だったらしい。
当時は今のような救急体制も無く、奄美大島から
瀬戸内町まで、民間のタクシーなどを使ってありったけの血清を運び
ばばに投与してくれたそうだ。
その甲斐あってか?血清投与から2日ほどで
意識は戻ったそうだ。
個の事は、我が家の「伝説」になっている。

当時、歯からの破傷風で、ばばは幸い生還できたが2名の方が亡くなった。
歯の病気の怖さを痛感した。
それ以来、歯には気をつけようと思っているのだが
年々歯は脆くなり、健全な歯は数えるほどになってしまった。

歯が健全でないと、いろいろな障害も起きる。
残された歯を大事にしないとね。

明日、又歯医者さんに行って来ます。

 

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ばば
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