懐かしい

3月29日(日)曇り時々晴れ間

今日は、徳之島町議会議員選挙の日。

昨日までは街宣車がひっきりなしに走っていたが、

今日は、時折、スズメのチュッチュッという鳴き声が聞こえる以外、シィ~~~ンと静かです。

室温も、24度と、暑くもなく、寒くも無く・・・きもち良いです。

これからしばらくは、島を出る中・高生、転勤される方々、転入される方々で

港や空港は賑やかになるだろうなぁ。

この時期になると、転出される同僚の荷物をまとめたり、運び出したり

転入される方の荷物を運んだりしていた事等を思い出す。

じじとばばは、数年間の加計呂麻勤務を除いて、ほぼ、徳之島島内で仕事をしていたが

ばばが、50歳になった頃、ばばはひとりで、島外勤務に行かなければならなかった。

当時、3地区で勤務しなければならなくなっていて、じじは新採で加計呂麻で4年間勤務して

ばばと結婚して、又、加計呂麻で4年間勤務したので、その後は、ずっと徳之島で仕事をする事が出来た。

しかし、ばばは、徳之島で4年間勤務し、じじと結婚して加計呂麻で4年間勤務したが

どうしても、あと1地区行かなければならなかった。

奄美に行くか、沖永良部に行くか、与論島にいくか、迷いに迷った。

当時は、上記の職場で勤務した場合、6年は勤務しなければならなかったが、

特例で加計呂麻へ行けば3年で、又、徳之島へ戻ることが出来た。

ばばは、迷わず加計呂麻への単身赴任を選んだ。

高校生だった娘と、じじを残して。

転勤後すぐは、仕事が終わって帰宅して、鏡を見ると何故か悲しくなって、いつも泣いていた。

職場でも、昼休みとか、放課後に庭に出て、ずっと海を見ていたので

「徳之島のことを思っているの?帰りたいの?」と上司に声をかけられることが、何回もあった。

海の遙か彼方に見える、島影・・・・

その島が徳之島かどうかも、はっきりは分からなかったが・・・・

たまたま古仁屋経由、徳之島行きの船がある時は、それに乗れば、昼過ぎには徳之島へ着いた。

でも、その船が無いときは、土曜日の昼、フェリーで古仁屋に出て、

そこからバスで名瀬に移動し、1泊して、早朝、鹿児島から寄港する定期船に乗れば、10時前後には徳之島に着いた。

翌日は、又、名瀬回りで1泊して、バスで移動し、フェリーとバスを乗り継いで加計呂麻の家に着く。

幸い、古仁屋直行の船があっても、古仁屋到着時には加計呂麻へ向かうフェリーの最終便に間に合わず

小さな船を貸し切って加計呂麻の港に向かい、そこから自分の車で家に帰るということもあった。

いずれにしても、徳之島に滞在できるのは、丸1日もなかった。

今思えば、3年間、よく頑張ったなぁと思う。

加計呂麻は交通は不便だったけれど、それ以上に、自然、人情が素晴らしく

子ども達も本当に純粋で、楽しい思い出が沢山出来た。

実現は難しいかも知れないけれど、出来れば、もう一回、加計呂麻へ行ってみたいなぁ。

 

 

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