名付け親に会った
2月24日(水)晴時々曇り
※今日は先ず、ばばの実家裏の高台から眺めた海の画像を・・・
去年9月撮影した物です。
この海、砂浜には色々な思い出がありますが、それは、又、いつか・・・・
昨日夜、ラジオで「奄美地方は明日は晴れ」という天気予報を聞いた後
急に「実家の庭や空き地に除草剤を撒いて来よう!」と思い立った。
すぐ、姉にメールしたら「行きましょう」と返信が。
去年11月末に行って、約3ヶ月・・・過日、お墓参りついでに
実家へ寄り、外から覗いたら「おぉ!!」と言うほど、又雑草がはびこっていた。
時間が経てば立つほど、大変だ。
思い立ったが吉日とばかりに姉に連絡し、ゆっくり出かけようねと言う事に。
午前中は、ばばの車を、撮影に行くじじが乗って行くので
昼からと思っていたのだが、じじに「明日、午前中、除草剤撒いて来ようかな?」
と言うと「良いんじゃない?」って。
じじがばばの言う事や行動に反対する事はまず無いんだけど、
一応は、前もって相談はしないとね。
ついさっき「昼から・・・」と連絡したと思ったら1時間も経たないうちに
「午前中で行って来ようか?」と姉に連絡。
姉は「あなたの都合の良いように」って言ってくれた。
朝は、食後、温かいコーヒーとおやつのお菓子を準備していたら
姉が「おはよう〜」と来てくれた。
まだ9時にはなっていなかったけど、早く行って、早く済ませて来た方が良いから
すぐに持っていく物をまとめ、ばばの車からじじの車に、じじの大きなカメラを移し
頑張ってきま〜〜〜〜す!
20分ちょっとで実家到着、すぐ作業開始。
姉と2人、ジョウロ2個ずつ使って、水道からジョウロに水を入れ
除草剤を入れて、分担して作業開始!
でも、8リットル入りのジョウロは重すぎる〜〜〜
2人合わせて、ジョウロの何十杯分の除草剤を撒いただろう?
最後はヘトヘトになって、後始末し、
陰を見つけて準備して行ったコーヒーやお菓子でティータイム。
時計を見ると11時過ぎ・・・・急いで帰ろうと、戸締まりをしていたら
左手から見覚えのある様な方が、竹の杖を使いながら近づいて来た。
よくよく見ると、K兄さんだった!
何年振りだろう?ばばから近づいて行って握手をし、
兄さんが門の所まで近づいて来たので、あらためて挨拶をし
それから、色々と話が弾んだ。
ばばが、このブログで何回も書いているけれど
ばばがまだ幼稚園に上がる前?ばば達の畑にあった個人製糖場で
大人達の近くを歩き回りながら、ずっとお喋りをするばばに
「ばば子は、大きくなったら女弁護士になるよ」と言ったK兄さん。
つい数年前までも「女弁護士になるよ」と言われたと思い込んでいたが
じじが「ばばが、お喋りだから女弁士になるとからかわれたんだろう?」
と言われ、その時になって初めて気づいた。
小さい頃も、今も、内弁慶でしゃべりんこのばば。
今日、あらためてK兄さんに「私が子どもの頃製糖場で
ガンダタ(水飴状の黒糖)を作るにはガン(川蟹)を入れないと出来ないと言われ
私がすぐに川にカニを捕まえに行くと走り出したら
兄さんが慌てて止めてくれましたよね」と聞いたら
「憶えていないよ〜」って。
「私があんまり喋るから、大人になったら女弁士になったら良いと
言ってくれましたよね」と聞いたら「憶えていないなぁ」とニコニコ笑うK兄さん。
ばばを女弁士と名付けてくれた?のは、K兄さんなんだけどなぁ。。。
その後「言われた方は、いつまでも憶えているけど
言った人は、自分が言った事を忘れてしまう事が多いね」という話になり
その後は、ばばの実家集落の人口が年々減り、空き家が増えているという話に・・・
K兄さんは「あと10年もすれば、この集落は無人集落になるんじゃ無いかなぁ」と
嘆いておられた。
集落でも、K兄さんと同じ年の方は、あと2人とか・・・
もしかしたら最長老?かなぁ・・・
昭和2年生まれだというK兄さん、ばばが子どもの頃は
ばばの実家の色々な仕事を手伝ってくれていた。
キビ作り、田植え、稲刈り、屋根の葺き替え、家の新築等々・・・
あれから半世紀以上もの年月が流れた。
現在ばばの実家集落は、高齢化、少子化、増える空き家・・・・・
が現実化している。
ばばの中学生の頃までは、校区で1番人口も多い集落だったのになぁ。
昨今の実家集落の厳しい現実を目にすると、
言いようのない寂しさに襲われるばば。
ばばに出来る事は何も無いけれど、
今は実家集落の生き字引とも言えるK兄さん達から
色々な事を聞いておきたいなぁとあらためて思った。
今年94歳になられるK兄さん、お元気で、先ずは100歳を目指して
日々お元気でお過ごし下さいね。
又、近日中に会えると嬉しいなぁ。