ケンムン(妖怪)に呼ばれる?

9月5日(土)晴れ
今日は、自分の用事で午前中出かけた。

出先で、聞いた話・・・・
話してくれた方をKさんとしよう。
Kさんのお父さんは、昭和30年代役場に勤めていたそうだ。
お父さんは、時には仕事で、夜、各集落を回って映画を見せたりしていた。
その時は映写機やフイルム等を馬車に積んで運んだそうだ。
映画鑑賞をする場所は、学校の校庭などの広場。
夜になると、集落の人たちは松明ならぬ「ウキリ」を振り回しながら
その明かりで会場まで集まってきたそうだ。
「ウキリ」とは、徳之島の方言で「火の付いた薪?」。
長い薪の先を燃やして、いったん火は消して、それを振り振り集まる人々・・・
想像すると、時代を感じるね。
会場へ着いたら、ウキリは後者などから離れた場所に
数本ずつまとめておいたそうだ。
あまり数が多いと、火が燃え上がる恐れがあったからだそうだが・・

で、ある日、Kさんのお父さんは、映画鑑賞のため、ある集落へ出かけた。
自分では馬車を持っていなかったので、行く時は、
ある人が会場まで送ってくれた。
その会場までは、山道のような道路で、おまけにクネクネ九十九折りの道。
何とか会場に着き、上映会も終わり、さて、帰ろうという時になって
Kさんのお父さんは途方に暮れた。
帰ろうにも交通手段が無い。
映写機などは、上映会をした集落に預け、歩いて帰ることにした。
山の中の九十九折りの道を、1人で歩き出した・・・のは良いが
何せ、会場から自宅までは約8キロくらいもある。
それでも、お父さんは歩き出した。
途中、背後から「おぉ〜〜い、おぉ〜い」という声が聞こえた。
お父さんは「ケンムン(奄美の妖怪)が現れたか?今夜、ここで妖怪に殺されるのか?」
と思い、全速力で必死に走り出した。
それでも「おぉ〜い、おぉ〜い」という声は追ってくる。
走りに走って、息も絶え絶えのお父さんは、諦めた。
もし、妖怪ならいくら逃げたって、家に着くまでに捕まってしまうだろう。
なら、ここで死ぬことになっても仕方が無い。
と、覚悟を決め弾む呼吸を整えながら、ひたすら前を向いて普通に歩いた。
すると、すぐ後ろか「○○せんせ〜〜い」という声が。
驚いて振り向くと、先ほどの集落の青年が馬車で追いかけてきていて
お父さんを乗せて、家まで送り届けてくれたそうだ。

「おぉ〜〜い、おぉ〜い」と呼んだ青年が、
最初から「○○さ〜〜ん」と呼んでくれていたら、少し事情は変わったかな?

思い込みって怖いね。
Kさんのお父さんも、山道だし、夜中だし、
背後から「おぉ〜い、おぉ〜い」って呼ばれたら、恐怖心から
(きっと妖怪だろう?)と思ったんだろうね。
昭和30年代と言えば・・・
カッパやケンムンの噂は何回も聞いていた。
ばばが、母と一緒に、通称「ブーチゴー」という山の中の川へ洗濯に行く時は
「ケンムンに引っ張られるから、遠くに行くなよ」と注意され
「ブ−チゴー」へ泳ぎに行くと言えば
「カッパに肛門引き抜かれるから行くな」と言われた。
今にな会って考えれば、子供に危ないことをさせないための「脅し」と分かるが
当時は本気で「ケンムン」や「カッパ」を信じていたよ。

以前のブログにも書いたけど、ばばが子供だった頃、
ある家の70歳くらいのお爺さんが行方不明になり
集落の方総出で、捜索をしたことがあった。
捜索を初めて数日後、お爺さんは「ブーチゴー」を渡って
さらに山の中に入った洞窟の中で無事見つかったが、
周囲の人たちが「ケンムンに引っ張り回されたんだよ・・」と
話しているのを聞き、子供心に怖くて怖くて
絶対、1人では山の中などには行かないぞと思ったものだ。

今になって考えると、お爺さんは山に行ったが
初めての場所で道に迷って、さまよい続けていたのかもしれない。
もしかしたら?少し認知症があって、徘徊しているうちに
川を渡り、山の中へ入り込んでいって、道に迷ったのかもしれない。

当時は、ケンムンとかカッパとか「マブイ(幽霊)」と聞けば
ただただ怖かった。
ケンムンに引き回されたという話は、
隣近所のお兄さん達もよくしていたので、
「ケンムンはいる」と信じていたばば・・・・

今はケンムンとかカッパとか聞いても、怖くはないけれど
もし、奥深い山の中などに1人いて、急にケンムンのこととか思い出したら
パニックになってしまうかもしれないとも思う。

本当にケンムンやカッパがいたのだろうか?
それは、答えを出さない方がロマンがあって良いのかもしれないね。

Kさんのお父さんの話を聞きながら、何故か自分の子供時代に
タイムスリップしてしまった、今日のばばでした!


 

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