感謝!
1月12日(日)晴れ後曇り
今日も昨日と似たような天気。
午前中は暖かかったのに、昼食後はだんだん冷えてきた〜
5日ぶりに義母と面会に行って来た。
最近じじは1週間に2回ほどは行っているが、
ばばの足が遠のいてしまったようで、お母さん、ごめんなさい。
今日は我が家の、長女ファミリーから届いた寒中見舞いを
母に持っていった。
これまで何回も書いているが、我が家の3姉妹は
昼間働いていたじじとばばに代わって
じじ両親がずうっと面倒を見てくれ、育ててくれた。
だから「じいちゃん、ばあちゃん」は彼女たちにとっては
「親代わり」と言うより、正に「親」そのものだった。
特に長女は生後3ヶ月から、じじとばばの手許を離れ
じじ両親が育ててくれた。
彼女にとっては「祖父母」に対して特別な思いがあると思う。
大分前になるが、長女が
「もし、じいちゃん、ばあちゃんに何かあったら
例え何があっても駆けつけるから・・・」と言ったことがある。
昨年2月、「じいちゃん」が亡くなった時
3姉妹揃って駆けつけ、号泣しながら「じいちゃん」との別れを惜しんでいた。
「じいちゃん」が亡くなり、今は「ばあちゃん」しかいないけど
それだけになおさら、「ばあちゃん」に対する思いは強くなっていると思う。
去年は、喪中という事もあり、3姉妹から年賀状は届かなかったが
年が明けてから、長女ファミリーから
写真と1人一言ずつ書いた寒中見舞いが先日届いた。
その葉書を見た義母の最初の言葉、
「可愛いねぇ」だった。
義母にとっての曾孫に対する言葉だった。
勿論長女も写真に写ってはいるけれど
義母の目は「曾孫」だけを見ているようだった。
曾孫達が書いた小さな文字を、メガネ無しで読めるという義母。
「目は、手術して器械入れてあるから、何でも見えるよ」って。
そう言いながら「ばばちゃん、方に虫か何かついているよ」と言って
ばばの上着についたゴマ粒より小さな物体を取り除いてくれた。
その後、何度も何度も曾孫達の書いたコメントを
声に出してばばにも読み聞かせた。
かつて、編み物が上手だった義母が、元気な頃、何十個もの毛糸帽子を編んだ。
その中から、長女が「子供達に」と数枚貰って行ったが
長女の次男が「ばあばばばのぼうし、あたたかいよ」と書いてあり
義母は目を細めて喜んでいた。
その後、携帯で長女と子供達2人とも話させた。
少し耳が不自由な義母は、曾孫達と上手く会話が通じたが分からないけれど
とても嬉しそうにニコニコ笑っていた。
いつもは、彼方此方具合が悪い・・・と訴えることも多かったが
今日は「目も歯も背中も、何処も痛くはないよ。
ご飯が美味しくてたまらないから、元気だよ」って言ってくれ
ばばも明るい気持ちで再訪を約束して帰宅した。
帰宅して、昼食の準備をしながら、鳥撮りに行ったじじの帰りを待ち
食事をすませ、洗い物もせずに、ばばは病院へ走った。
先日見舞いに行った知人が、「明日午後から退院する」と聞いていたからだ。
昨日夕方も病院へ行ったが、大分元気になっていたが、
本当に今日退院出来るかどうかは、今日の体調次第だということで
気になって、ばばも病院へ行ったのだ。
「午後からの退院」と言うことは
病院で昼食をすませるから、早ければ1時半前後、
遅くても2時頃は病院を出るのでは・・・・もし、時間が早ければ、
お喋りでもして時間を潰せば良いと思い慌てて病院へ走ったばばだった。
病院へ着いたら1時15分。
たまたま病院正面の駐車場が空いていたので、駐車。
道路を横断して病院入り口へ向かいながら
ふと左側を見ると、知人のお嬢さんが運転する車を見つけ
走って行ったら、助手席にお母さんが乗っていた。
顔色も良く一安心。
窓を開けてくれたので、道路の横に車を止めて
知人とも、お嬢さんともお話をした。
退院後、急に無理をせず養生してくれますように・・・・
寒さが厳しくなるので、本当は病院の方が安心なんだけど
病院側から「退院して下さい」と言われたんだって。
でも・・・・
知人母子に会えて良かった。
ばばがあと30秒家を出るのが遅かったり
玄関の駐車場が空いていなければ、絶対会えなかったよなぁ・・・
神様が、微妙な時間案分をし、ばばと母子を会わせてくれたんだなぁ・・・と感謝。
知人母子には、日頃からとてもお世話になっている、わが家族。
ばばの思いを神様が分かってくれた・・・・・・・・
ありがとう!