ケンムン

8月30日(火)晴れ
夕べ、寝ながら「ラジオ深夜便」を聞いていたら
「奄美市在住の・・・」と言うアンカーの声。
一瞬、聞き耳を立てた。
「ねぇ、じじ〜、奄美大島の話が出るよ〜」と声をかけたが
じじは半分夢の世界へ入っているようで。。。。
ラジオ深夜便では、アンカーと日本各地の地元レポーターが
電話で色々語るコーナーがあり、ばばは楽しみにしている。
夕べはたまたま奄美市在住の男性レポーターが
「奄美の妖怪ケンムン」について話していた。

聞きながら、「あれっ?ケンムンって河童のことだったの?」。
と、ばばは思った。そのように話していたから。
ばばは、河童とケンムンは別物だと夕べまで思っていたし、
今でもそう思っているんだけど・・・事実どうなのかは分からない。
過日、「ケンムンに実際会った」と言う人たちが集まって
体験談を話し合ったりする催しがあったそうだ。
ケンムンはガジュマルやアコウの木・海岸・山の麓などに住んでいるんだそうだ。
人間から悪さを仕掛けない限り、人間に悪さもしないんだって。
身長は1メートルくらいで上半身裸、口は尖っていて、足の指は3本。
貝が好物らしい。
純粋な心を持った人にしかケンムンは見えないそうで・・・・

ばばは小学生の頃「ケンムンを見た」と思っているが、
本当にケンムンだったのだろうか?
ケンムンで無いとしたら、何だったのだろうか?と
今でも不思議に思う体験をした。
学校帰り、坂道を上って家に帰るのだが、坂道の頂上付近まで来て
学校の方を振り返った時、ばばは不思議な物を見た。
学校の裏手は小高い山があるのだが、その山の何本かの松の木を
赤い物体がヒョイヒョイと飛び移って移動していくのだ。
火のように真っ赤で、頭、胴体、足まで軟体動物っぽい外見で
それがもの凄い早さで木から木へ飛び移るのだ。
今のように好奇心が強ければ、いつまでも観察していたかも知れないが
当時は、給食が無かったので、お昼ご飯は家に帰って食べ
又午後から学校へ戻らなければならなかった。
午後からの授業に遅刻したら困ると言う思いもあったのだろう、
ばばは、赤い物体を「へんなの」とは思いつつも急いで家に帰ったのだ。
勿論、その後同じような物を見たことはない。
あの時の赤い軟体動物的な動きをした物体は一体何だったのか?
半世紀近く経った今でも、時々思い出す。

ばばが小さかった頃、「ケンムンは、人を惑わす」とも聞いていた。
だから、山や川へ一人では行くな」とも常々言われていた。
今思えば、幼い子供が一人で山や川へ行くのを諫めるために
「ケンムン」を引き合いに出していたのかも知れない。
じっさい、ある日、集落の60歳か70歳代のおじいちゃんが
突然行方不明になり、集落中で探し回ったことがあった。
ばばは子供だったので、捜索に関わったりはしなかったが。
数日後、行方不明になっていたおじいちゃんは
普段は誰も足を踏み入れないような深山の洞窟で発見された。
その洞穴にはタニシとか川で捕れる貝の殻がたくさん散らばっていたとも聞いた。
ケンムンはタニシも大好物と聞いていたな、そう言えば。
ばばの周辺では「あのじいさんは、きっとケンムンに惑わされたんだ」と
大人達が話していた。
今考えれば、おじいちゃんは普段入り込んだことの無い深山へ入り
道に迷ってしまったのかもしれないし、
今で言う軽い認知症になっていて、山から出られなくなっていたのかも知れない。

事実は知るよしも無いが、
ケンムンって本当にいたんだろうか?
人間の心が生み出した産物なのだろうか?
現代は昔と比べ電気が明るくなり、山や畑は開発され
海には赤土が流れ込み・・・・こんな環境に適応できなくなったのか
ケンムンは姿を現すことが無くなったのだそうだ。

東北地方の「座敷童」や奄美の「ケンムン」
純粋な心の持ち主には現代でもその姿を見せてくれるのだろうか?

今のばばにはきっと見えないだろうな・・・・
あまりにもいろいろなことで心が汚れてしまったものなぁ・・・・

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